- COLUMN
再開のお知らせ

みなさまお元気でしょうか
父の闘病をきっかけにこの4年は
長野と名古屋を行き来していて
昨年一年はサロンもクラスもお休みを頂きました。
父は無事に昨年末に寛解し、今に至ります。
20年ぶりに地元長野で暮らすように過ごした時間は、40歳という年齢も重なり人生の転機になった様に思います。
頼まれたわけじゃないけれど
ただ会いに通って20年前とは違う気づきが
街にも人との関係にも、自分自身にもありました。
何年も離れて暮らしていた人に寄り添うことは
覚悟と勇気がいることで
でも、いつもと違う母の様子を今素通りしたら
後悔すると瞬間的に思う日があって。
精神的にとても自立している母なので、
非常にわかりにくいし何が正しいかわからなかったけど
でも、何か感じたから。
ささいななにか、を感じ取るためにただただ
通った感じだったけれど
少しずつ少しずつ、何かが溶けて行くことも感じました。
そして、たぶんこれで良いのだとも
途中から思いました。
手放すことで得られること、
手放さないと得られないこと、
人と向き合うことにエネルギーが必要なこと
は子育てを通して身に覚えがありました。
昨年、
父が私の作ったシフォンケーキをまた食べたいと言ったこと。(珍しく気に入ったらしい)
素直じゃないから遠回しに、ふんわりと。
母がお風呂に入っているときに、
父が母のスマホで私からの電話に出たとき
私とそのまま会話したこと。
いつもは出ないか、出てもお母さんはお風呂だよとすぐに電話を切る。
(父の名誉のためにいうと、背中で見せるタイプ、口数少なめ、愛はしっかり感じながら今に至っています)
そのときのことを、私はしっかり覚えていて。
変わったんだな、と感じたから。
私にしかわからないことかもしれないけれど、矢印を向け続けたら返ってくるんだ、と思いました。
もっと頼ってほしい。
もっと話してほしい。
そう思っていたけれど、何年も離れて暮らした相手にすぐに心の内を話せと言われても難しい。
人間だもの、そりゃそうだ。
私が相手に特別丁寧だとかそういうことではなく、人を知るために当たり前のことだった。
残された時間も、わたしはただ二人を知っていきたい。
どういう人間か、知っていきたいと思っている。
生きている間しか
更新され続ける
「生きているその人」の「今考えていること」については知ることができないから。
きっと父と母も、今の私を知ることになるでしょう。
それで、あなたとは合わない!とかなっちゃったりして。
全然ありそうだ。
兄弟もいる訳で、それぞれに色々あるし
またそこも変わっていくのだろう。
兎にも角にも、
二人それぞれ意外な一面も知ることができて
幸せな数年だったと思います。
向こうはどう思ったかな。
いつか聞いてみたいと思います。
今年は教室やワークショップなどゆるやかに再開していこうと思います。
宜しくお願い致します。

